どさんこ田舎者、東京でいろいろつくる

北海道遠軽町出身、さのかずや26歳。大学院を経て、再び東京で会社員。無茶と繊細さと賢さとバランス感覚。

【妄想シリーズ】メリー

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今日もやりたくもない仕事をしに、満員電車に揺られて会社に行き、適当に働いていたら残業時間になっていた。周りのデスクからはすっかり人が消え、席に残っているのは僕くらいになった。特段早く帰る理由もない僕は、残っている仕事を適当に片付け、午後8時に会社を出る。


帰り道のコンビニでビールを買う。いつもとなんにも変わらない、いつも通りの安いビール。ひどく装飾された店内では、延々と季節の音楽が流れていた。コンビニの白いレジ袋をぶら下げて、いつもの公園に寄り、いつものベンチに座る。
僕がバッグからスケッチブックを出すと、茂みから茶色い毛のネコが現れた。いつもの彼は、今日も来てやったぞ、と言わんばかりに目の前の地面に座る。
僕はいつもと同じように、ビールを開けて一口飲むと、スケッチブックにネコの絵を描き始めた。いつもこの公園に登場するのは彼だけであるが、特に名前をつけたりはしないし、彼とはいうもののオスであるのかもよく知らない。彼は時々あくびをしながら、ただ大人しく座っていた。僕はいつもと同じように、少しずつビールを飲みながら、無心で彼の姿を描く。いつもと少しも変わらない、静かな月夜。

普段滅多に、僕とこのネコ以外足を踏み入れないような公園に、背の高い女性がくしゃくしゃになった紙袋を抱えて入ってきた。茶色いコートと、黒いスキニーパンツ。紙袋を抱えた彼女はゆっくり歩き、向こうにあるベンチに静かに座った。
すすり泣く声が聞こえる。遠目に見ても、肩が震えているのが分かる。
黙って描かれていたネコも、一瞬女性の方に目を向けたが、すぐに興味をなくしたのかその場に再度座り込んだ。静かに、様子を見るように鳴き声を上げる。
僕も視線を彼女からビールに移すと、一口飲んで、ネコの姿を書き続ける。いつもと変わらない、いつもの夜が、僕とネコと、見知らぬ女性の間をすり抜けて行く。

ネコが1枚書き終わる頃、彼女はゆっくりと立ち上がった。どうやら泣くのはおさまった様子である。僕が特に気にせずネコの絵の仕上げを続けていると、彼女は紙袋を抱えてこちらへとゆっくりと歩いてきた。僕のすぐ横に彼女が立ったときに初めて、彼は彼女を見上げ、小さく鳴いて、再び丸くなった。三日月の光に照らされても、その女性の顔はあまりよく見えなかったが、もう泣いてはいないことは分かった。

「これ、もらってください。私にはもう、用がないものなので」

彼女は紙袋を両手で僕に差し出しながら、僕に小さい声で、しかしはっきりと聞こえる声でそう言った。
僕は、何と答えたらいいのか、どう答えるのが正解なのか、全く分からなかった。でもこの女性がいま考えていることは、なんとなく、分かる気がした。僕は僕なりに必死に考えて、1つだけ、自分のできることに思い当たった。

「じゃあ、お返しに」

僕はスケッチブックの、今書いたばかりのページを丁寧に破いて、彼女に差し出した。彼女はそこに描かれたネコをまじまじと見つめ、僕の目の前にいる彼と見比べ、そして小さく笑った。

「ありがとうございます、家に飾ります」

彼女はそれを丁寧に折りたたむと、自分の手提げ鞄に入れ、小さくお辞儀をして公園を出て行った。ネコはその様子を見つめていたのか、僕と目が合って柔らかい鳴き声を上げると、立ち上がって軽快に暗闇を歩き、茂みに消えていった。僕はビールを飲み干し、ゆっくりと立ち上がった。


家に帰ってくしゃくしゃになった紙袋を開けると、立派なマフラーが入っていた。僕はそれを丁寧に畳んで、シワを伸ばした紙袋に戻し、部屋の隅にそっと置いた。今は多分、そっとしておく必要があると思った。
よくわからないけれど、多分スケッチブックを持っていけば、必ずネコは現れるし、いずれあの人ももう一度現れるだろう、と思った。

なんでもない、いつもの夜の話。



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