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どさんこ田舎者、東京でいろいろつくる

北海道遠軽町出身、さのかずや26歳。大学院を経て、再び東京で会社員。無茶と繊細さと賢さとバランス感覚。

「優れた表現」と可能性について

「0から1を創り出す能力について」
「憧れと現実のギャップについて」




営業になって、社内でもなかなかにお忙しいところに放り込まれ、
キリキリと頑張っている次第であります。


昨日は会社の内定者懇親会で、
去年初めて顔を合わせて「なんてぶっ飛んだ奴しかいねーんだ」
と思ったあの日からもう1年も経ったとのこと。
あの日から一気に面白く回り始めた。

1年経って、いまの内定者の子たちと話したり、仕事の現実を知ったりして、
去年自分が考えていたことってなんて浅かったんだろう、
と感じたりもしている。

少なくとも、僕がこの会社に入れたのは、
なにか特別なスキルがあったり、立派な志望動機があったわけではなく、
本当にたまたま性格が合っただけ、
ということは、最近よくわかった。


とはいえ、クリエイターに、憧れる。
何かを表現する確固たる手段を持った人間に、憧れる。

業界の名だたるクリエイターたちはもちろん、
クリープハイプ、銀杏BOYZChim↑Pom中村航辻村深月
宮崎あおい真木よう子黒澤明庵野秀明、とかとか。

でも、なんになりたいのか、
なにがやりたいのか、
なにを、どのように表現したいのか、が、
まだあんまりわかっていない。


強いて言うならモダンアート、あるいは、小説家。
でも、表現ができたところで、それで生きていけるわけではない。きっと。
それを活かして、価値にして、お金に変える手段は必要だろう。

でもやっぱり、お金に変える手段云々よりも、
表現の、アウトプットのパワーがないと、意味がない。
アウトプットの、猛烈なパワーが欲しい。
モダンアートによくあるような。


少なくとも、会社でそういった仕事に選ばれなかったということは、
現時点でそこに入れるだけの価値がなかったということだ。

「それ以外の才能があった」みたいなポジティブな嘘もあるだろうが、
Creativityを売り物にする会社でCreativeに選ばれない人間は、
「ぶち抜けてCreativeである、とは言えない」のだろう。
端的に言えば「現時点ではCreativeの専門家としては必要ない」ということだ。


どうすれば、ぶち抜けて「優れた表現」ができるようになるのか?
そういうのは、きっと「優れた表現」に触れつづけなければ分からないのだろう。

ゆうても僕が、芸術のような「優れた表現」に触れ始めて、まだ1年あまり。
内定をもらってから、という程度。
そんなやつが、ずっとずっと昔から「優れた表現」に触れ続け、
「優れた表現」を磨き続けてきたやつには、
そんな簡単に勝てるはずがない、のだ。


自分が触れてきた「優れた表現」は、なにもないのか?
と考えると、真っ先に思い浮かぶものは、
やはり「文章」になるのだろう、と思う。

どんなものを「文章力」と指すのかは分からないが、
ある側面では「文章力」とも言えるものは、
僕も持っているだろうとは思う。

どうすれば、それを「優れた表現」に昇華させられるのか?


「良い文章とは、誰も思わなかったものを書くことではない。
 誰もが思いながら言葉にできなかったものを書くことである」
という言葉を、先日、橘川幸夫氏がTwitterで述べていた。

「その言葉を見たときに、誰もが『あぁ、それそれ』と思うかどうか。
 多くの人の思いを代弁しているかどうか」
と、「いいコピーとはなんですか」と質問した際、箭内道彦氏は答えていた。

コピーだろうと、文章だろうと、映像だろうと、音楽だろうと、芸術だろうと。
「的確かつ広がりを持ったアウトプット」
のことを「優れた表現」と言うのだろう。

「そのアウトプットに、誰もが共感/感動できるもの」
でなければ、「優れた表現」とはいえないのだろう。
どうすればそこに辿り着けるのか?


「Creativeな仕事に最も必要なものは、感動すること」
と、社内屈指のクリエイターの方が仰っていた。

まず、自分が、様々な「優れた表現」に触れ、感動すること。
自分が「優れた表現」と思うものの具体的なイメージを、自分の中に持つこと。
そして、自分でも表現の試行錯誤をすること。

こういうことから始まるのだろう。
特に試行錯誤が大事なんだろう。
考えるだけじゃダメなんだ。
やってみなくちゃダメなんだ。


一番身近で、一番得意なことは、おそらく、文章を書くこと。
もっと多くの「優れた表現」に触れて、
短い文章から、いろいろ試してみなくては。

でもなー。写真とか芸術とかも興味あるんだよなあ。
美大とか入りたい。
写真は試行錯誤できるけど、芸術の試行錯誤ってなんだ?

何かに絞れないなら、数倍努力して全部やるしかない。
中途半端にだけはなりたくないなあ。


そんなことを、営業マン見習いをしながら、考えています。
仕事は、自分の好きなことをしているわけではないから、
正直決して楽しくはないけど、学ぶことはたくさんあるし、
ここでしっかり人間をつくって、自信をつくる必要がある、
その絶好のチャンスである、とは感じています。

少なくとも大阪の山奥よりはずっとマシ。笑

よくしゃべる人間と、芸術肌の人間。
自分はどっちつかずだなあ。おもしろくねえ。
「どっちもできるようになりたい」じゃ、決してトガれないんだろうな。
どうしていこうかなー。

今日は金曜日。がんばろ。



♪憂、燦々/クリープハイプ

このCD買ったら、スタッフ一覧に友だちの名前があったという。
驚きとか、感嘆とか、羨望とか、いろいろ。