さのかずやブログ

北海道遠軽町からやって参りました、さのかずやと申します

海、新聞、ストロー

思いつき単語から文章をつくろうゲーム


「海、行きたい」
空っぽになった紙パックジュースのストローを齧りながら、彼女は言った。
窓から吹き込む湿った風が、彼女の長い髪を揺らす。
前髪をかき分けた彼女の目線は、路上の喧騒と絡まっている。
人、人、車、人。

海へ向かう真昼の電車には、私と彼女しか乗っていなかった。
斜め向かいに座る彼女の横顔は、鈍い輝きを帯びていた。
網棚の上に放置された新聞には、白抜きのゴシックで「日経平均乱高下」と描かれていた。
軋むレールの響きの中に、彼女の静かな呼吸が聞こえた。

梅雨空の下、平日の昼下がりの由比ヶ浜海岸は、灰色だった。
道路際、建設中の海の家をすり抜け、砂浜に降りる。
ローファーが硬い波の中へ、柔らかに沈み込んだ。
濃紺のスカートをはためかせ、波の上を駆け抜けた彼女は、私の方を振り返って叫んだ。

「あいつ、お前のこと好きだってよ」

彼女の透き通った叫び声は、打ち寄せる波音と灰色の空、灰色の海に圧縮され、濃密な影となって私を通り過ぎていった。
私はしゃがみこんで、波打ち際で一人歩く彼女を見ていた。
建設中の海の家から聞こえる電動ドライバーの音が、梅雨空を突き抜けて太陽まで届く。
日経平均乱高下。
温い海風が私の目尻を通り抜け、伸びた髪をゆらめかせて、どこかへ消えていった。