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どさんこ田舎者、岐阜でものづくり修行中

北海道遠軽町出身、さのかずや25歳。情報科学芸術大学院大学(IAMAS)にいます。無茶と繊細さと賢さとバランス感覚。

コンプレックスの先へ

diary

髪の毛からつま先までコンプレックス。
でもそれじゃ損してるだけだ。
って、今更気づいた。


今日もまた、「みんなすごいなー」と思うことがあった。
自分にはとてもあんなことできないし、
自分にも大チャンスをもらえたのに、しょうもないことしかできなかった。

今日もダメか、って、思いながらみんなを見た。
みんなはすごく楽しそうにしゃべっていた。

なんであんなにみんな楽しそうにしゃべれるんだろうか。
どういうことが楽しくて、しゃべれるんだろうか。
よくそんなにしゃべることあるよなあ。


そこまで考えて気づいた。
こんなことばっかり、
しょうもないって考えてる事自体がしょうもない。

自分は誰かの役に立てるわけじゃないのに、
人前では黙って存在感消して、人の悪口いう時だけ元気になって、
今日も本当にしょうもないことでゴネた。
みんなが気分悪くなるようなことしかできなかった。

誰の役にもたてないし、誰を楽しませることも出来ない。
出来ることは人の悪口を言ってひとの目を引くだけ。
そんな奴に本当に人の心を動かすことなんてできないし、
誰を巻き込むことだって、できはしないだろう。
っていう当たり前のことに、やっと気づいた。半年かかった。


入社してすぐの挨拶も、研修最後の意気込みも、
「お前ら全員ぶっ倒す」だの、「ぶちぬいてやる」だの、
コンプレックスまみれの自信のなさから出てくる虚勢だけだった。
それでものすごく損することになった、と気づいたのは、半年経ってからだった。

特になんの役にも立たず、人の悪口を言って目を引くとき以外は存在感を消し、
「地味キャラ」と言われて頭数増やしに使われるだけの自分。
多少イラっとはくるけど、人の役に立つ存在感がないからこそ。ごく当然の扱い。
悔しいと思うなら、良い意味で存在感を出していかなくちゃいけない。

その方法が何なのか?まではわかっていない。
きっと何かしら、他の人が出来ない方法で、みんなの役に立っていかなくちゃいけない。
もちろん、最低限のことはやっていきながら。
一緒にいて、話をしていて楽しくない人となんて、
もっと一緒にいたいとか、一緒になんかしたいとか、思ってもらえるはずがない。

もっと、恐れずに、自分の話をしていけるようにならなきゃいけないし、
「面白い」自分の話が出来るようにならなくちゃいけない。
そこを目指すには、かなり条件のいい環境だとは思っている。
ちょっと探せばお手本はいっぱいいるし。
同期とか、同期とか。


今回もなんのまとまりもない、ただの自分語りのブログだけど、
アウトプットして始めて整理できることも多いし、
人に見られるアウトプットをして初めて本気で動けることも多い。

もっと、いろんな、くだらない話が出来るようになろう。
人を楽しませられる人間になろう。
失敗を恐れてネガティブになっていたら、いつまでもコンプレックスまみれのままだ。
ここまでのぼってきてまだコンプレックスまみれなんだから、
社会的地位とかじゃなくて、自分が許せないと、いつまでも抜け出せない。

「おれはこれでいいんだ」って思えるまで、自分をさらけ出して、
無条件に他人のことを好きにならなくちゃいけない。
その前提に、コンプレックスまみれの自分を好きにならなくちゃいけないだろう。
そしたら自分も他人も、いいところが沢山見つかって、本当に好きになれるのかも。

「自信のあるやついいなあ」じゃなくて、
自信を持ってなんに対してもぶつからなくちゃいけない。
失敗を恐れすぎている。

失敗しても助けてくれる仲間にならなきゃいけないし、
そのためにはみんなの役に立てなくちゃいけない。


もっと人を好きになって。
会ったら一言、何を恐れることもなく、何か言えるような人間に。
今回の失敗は、それはそれで。
どうしたらもっと楽しくなれるのか。

自分の中の「くだらない」と思う話題のハードルを下げて、
毎日ちょっとずつ変わっていけるように。
なんでもない話から、話のできる、楽しませられる人間に。
人が頼ってくれる人間に。


みんなすげーひとばっかりだ。大好きだ。
もっと素直に、もっと人を愛して、がんばっていこ。
半年後には、1年後には、変われるように。

よし、寝よう。月曜日だ。