どさんこ田舎者、東京でいろいろつくる

北海道遠軽町出身、さのかずや26歳。大学院を経て、再び東京で会社員。無茶と繊細さと賢さとバランス感覚。

【妄想シリーズ】rain season

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♪Silver Birch / the HIATUS




私はただ雨にうたれ、厚い雲で覆われた夜空を見つめていた。


私は焦っていた。
来月の海外の学会に間に合わせるため、研究室に篭ってひたすらプログラムの修正を繰り返していた。一番早く研究室に来て、一番最後に研究室から出て、寝起きするために部屋に帰る日々。元々薄かった化粧もついにしなくなった。身なりを整えすぎていた就活の反動からか、ひどい格好で研究室に篭るようになった。しかしいくら文献を調べ上げても、どんなにプログラムソースを工夫しても、理想のシミュレーション結果は得られなかった。

今日も研究室に一番乗りし、昨日の変数設定の続きに取り組んでいた。どうしても望みの結果が得られず、妥協点に落ち着こうとしていたのは既に日が暮れた後だった。朝は降っていなかった雨が、冷たく窓に打ち付けていた。雨の中たたずむ講義棟群は明かりを反射して黒く輝いていた。


溜め息をつき、キーボードを押しのけて突っ伏していた時、電話が鳴った。研究室にはもう誰もいない。誰かを気にする必要は全くなかったのだが、とにかくその場所を離れたかった。私は部屋を出て、静まりかえった薄暗い夜の研究棟の、冷えたコンクリート壁にもたれかかって電話を取った。

もう別れよう、という電話だった。
私は特に驚かなかった。無感情、というのはああいうことを言うのだと思った。取ってつけたような理由が耳元を流れていったが、私はすべて分かっていた。社会人も2年目だし、忙しいもんね、仕方ないよ、と私はぽつりと言った。電波と500kmと社会レイヤーを隔てて流れる彼の声は、ごめん、ほんとにごめんね、と言い残して消えた。

私は切れた電話を握って、コンクリートの壁沿いにしゃがみこんだ。壁の冷たさが、足の先まで伝わっていくのが分かった。
頭の芯まですっかり冷え切った頃、私は立ち上がって研究室に戻り、スクリーンセーバーが点滅するディスプレイを尻目に、鞄を抱えて静かに研究室を出た。



雨に濡れながら、私は自転車置き場まで歩いた。ただ雨の音だけが響いていた。自転車置き場に着き、私の自転車を見つけ、電灯の明かりを受けて光る、濡れそぼった自転車のサドルを見つめた。
大粒の雫が、サドルに落ちた。

私は何をしているんだろう。友人たちのほとんどは既に大学を卒業し、人生の新たなステージで結果を出し始めていた。彼もその一人だった。
早くも長年見てきた夢を掴んだ友人も居れば、結婚して子どもを生んだ友人も居る。私はもうすぐ24になる。ここに自転車を止め始めて、既に5年が経過していた。

5年という月日は、私の手のひらから音を立ててこぼれ落ちていった。掴もうとしたものはすべて滑り落ち、何もかもが通り抜けていった。たまたま数学ができて、たまたま就職が良さそうで、学部での就職は諦めて。流され続けて、逃げ続けて、私はここまで来た。この時間を通して私に残ったものといえば、研究室の隅の机とイスとPCだけであった。


ふと、子どもの頃のことを思い出した。あの頃にも、泣きながら雨にうたれたことがあった。あれは、どうしてだったか。
お花屋さんになりたかった頃の私に、バレーボール選手になりたかった頃の私に、今の私は顔向けできるんだろうか。もし会うことができたなら、こんなひどい姿で、どんな顔して会えばいいんだろうか。
私は雨の中煌々と光る明かりに背を向けた。雨の夜に照らされた自転車置き場の茂みの影に、あの頃の私が居るような気がした。

降りしきる雨の中、私は空を見上げた。
高くそびえる大研究棟には依然多くの明かりが灯り、例年よりやや早い梅雨の雲がその横で何重にも、不遇な6月の夜空を覆っていた。


それでも、私は、私には。
いま私の目の前にあるものと向き合うこと、それしか残されていなかった。
雨が終わり、厚い雲が流れ星が見える時まで。その時まで私はただ、私の部屋と研究室の間で、厚い雲に覆われた夜空を見つめることしかできないのだろう。

それでも、私は、私には。



私は濡れた顔とサドルを拭いた。少しだけ雨が弱くなった気がした。気のせいかもしれない。明日晴れていたら、少しだけ化粧していこう、と思った。






2年前に書いたやつ