さのかずやブログ

北海道遠軽町からやって参りました、さのかずやと申します

35歳になりました

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35歳の誕生日は、午前2時に泣き叫ぶ子たちによってバッド入って隣の部屋から逃げてきた妻に起こされて始まった。6月に次男が生まれ、子育ての負担は倍近くなった。2歳半近くなる長男と9ヶ月の次男が深夜に一緒に暴れたりする。長男は言葉が通じるようになってきて可愛い場面もあるが、言葉が通じるのにまだこうかよ、という場面がその3倍くらいある。子育ては辛く苦しいが、ときおり現れる尊い瞬間でなんとかなる(するしかない)ものである。「北の国から」のようですね。

3月中に終わらせなくてはならないことがたくさんある。具体的には本を2冊つくらなければならない。夜はそのうちの1冊の本の打ち合わせ。平日の日中に本業がある人たちとその本業に関する本をつくっているので、夜しか打ち合わせができない。金曜の夜、21時半に始まった打ち合わせが終わったのは24時前。日付をまたぐ直前に「今日誕生日なんすよ」と言うのが精いっぱい。家族の寝静まったリビングで妻が買ってくれたケーキをひとり食べる。

子どもが2人になり、露骨に子育ての負担は倍近くに増えたと思う。子どもがひとりだったらできたことも諦めるようになった。どちらかに子を預けてどちらかは外出する、ということのハードルが格段に上がり、平日夜や土日はほとんど家にいるようになった。もともと仕事とやりたいことの垣根がほぼなく、平日も土日も1日16時間くらいは仕事ややりたいことに注ぎ込んでいたので、これが平日8時間とかになると純粋に稼働時間が1/3くらいになっている。頑張って仕事を回すとかいうレベルではなくなってくる。まあ未だになんともできてないんですが。

34歳は、振り返ってみると、自分にとってはすごく好転した1年だったように思う。「33歳人生行き止まり日記」を出した。自分の力でものをつくって売る、ということの可能性をしっかり確認できた。「33歳人生行き止まり日記Remixes」を出した。自分の力で1つのものをつくることから始めれば、自分が本当に一緒になにかやりたい人ともやりたいことがやれることがわかった。とっても当たり前のことで、とっても大事なことだった。

34歳になってすぐ、場所を借りて、人と集まって何かをやることの可能性を考え始めた。そのとき想定していた形とはいまはだいぶ違う形になっているが、結果として馴染みのある友人と、同じ方向を向いて活動ができていて、とても楽しい。何かに本腰を入れると動き出すことはあるし、合流できる人はいるものである。

とはいえ、いいこと、うまくいったことばかりではない。確定申告をしたら50万円くらい控除枠が余った。あと50万稼いでも税金がゼロである。稼いでなさすぎ。会社から自分に払っている役員報酬は、明らかに35歳への給与ではない生活ギリギリ水準だが、それでも会社の業績も厳しい。つくづくお金を稼ぐ才能がないことを思い知らされる。物欲が一切ないので、生きていくだけなら十分ではあるし、月々NISAにちょっとだけ注ぎ込んでいるのだが、子のことも考えるとこのままじゃダメだなと思う。物欲が一切ないというのも才能かもしれんとは思う。

去年、34歳のはじまりはこんなことを書いていた。

自分が考えることのスケールがでかいのに、しっかりやりきれないことにすごくコンプレックスがある。ずっとそれを見ないようにしてきたし、そうじゃなくてもできる方法を考えてきた。その結果できるようになったことも、挙げてきた実績もある。でも人の信用に関わる部分として、これだけは自分はしっかり役割を果たせる、ということを持たなければならない。とはいえ、これまでもなんとかやりきってきたことはたくさんある。それはそれで卑下する必要はないので、しっかり外に出していかなくてはならない。


34歳は、人と一緒にやることをがんばってみようと思った。場所をつくり、人を呼び、いろいろやろうとしてみた。それはそれでうまく言っているとは言い難いが、いままでそういうことをやらなすぎてきたので、いい経験になっていることが多い。特に自分たちの場所を持ったので、いままでいろんな場所でイベントをやらせてもらってきたが、自分たちの場所で積み上げられるものがあることは嬉しく思う。

マジで無理なときに人に頼ることも覚えた。一度マジでどうしたらいいかわからなくなったとき、長く仕事を手伝ってもらっている年下の友人に「ちょっと状況の整理手伝ってくれ」とお願いしたことがあった。本当に助けられたし、関係性がある相手になら別にこういうふうに言っていいんだよな、と思った。自分でやるしかないと思いすぎていたので、そういうアクションを初めてとれたことがありがたいことだった。

その一方で、人と一緒にやらないこと、人にやらせないで自分がやることもたくさん決めた1年だった。これまではできる人を探していた仕事を、いくつか自分だけでやることにして、自分の作業だけで納品した。専門知識を持っている人でなくても、わからないことはAIに聞けばわかるし、簡単な仕事ならAIが代わりにやってくれる。だからこそ、わざわざコミュニケーションコストのかかる人と、またはそういう状況で働く必要なんてないし、血の通わない小綺麗なものばかりになってきたからこそ、末端まで血を通わせることが必要なのだった。それは「33歳人生行き止まり日記」が証明してくれた。

パーティーもやったし、イベントもやったし、目的のない集まりもやった。その結果として最近感じていることは、このご時世に「人と一緒に何かをやる」というのは、もはや「ケア」の関係でしか成立しないのでは、ということだ。数年前まで、プロフェッショナルとして得意なスキルを持つ人たちと一緒に活動して、その結果いいアウトプットを出すことにこだわっていたが、しばらくやったら「アウトプット」以外何も残らなかったことに辟易してしまった。人に騙されたり利用されたりした気持ちになってしまったし、もう活動を続けられないかもしれないと思った。

でも30代も半ばになると、一発すごいものをつくるよりも、長く意味のある活動を続けることのほうが重要かもしれないと思うようになった。特にビジネスの世界ではそうである。一発当てにいったものは簡単に崩れるが、長く積み重ねたものは簡単に崩れない。それを人が協力して一緒にやろうと思ったら、一緒にやるあなたとわたしが同じ土台に立っていることが必要である。たとえば住んでいる地域が全然違う人、もうすぐここから出ていくことを決めている人とは、いまわたしたちが住んでいる地域を一緒によくしていくことについて話してもあまり意味がない。これは仕事でも趣味でも創作でも、だいたい一緒だと思う。

思えばこれが「覚悟を決める」ということなのかもしれないと思う。自分がやることに人を巻き込む、という場面が増えてくるたびに、「この人にこれをやってもらったとして、その先数年を一緒に生きていけるだろうか」ということを考えるようになった。大げさかもしれないが、一緒に生きていく可能性がある人とない人だったら、たとえスキルが段違いだったとしても、一緒に生きていく可能性がある人とやりたい、と思うようになった。これまでスキルやクオリティのこと、そして遠い未来のことをずっと考えていたので、直近のこの先について考えるようになったのは自分にとっては大きな変化だった。

そう考えると、一緒に生きていける人ばかりではない。でもそれはそうである。状況が変われば一緒にできるかもしれないし、一緒に生きられると思っていた人が路線転換していくかもしれない。それは人生なのでしかたないし、前向きに思えるようになった。30代半ばにもなると、一緒に生きていける人なんてそんなに多くないのだ。というかもともと何歳でもそれはそうなので、20代前半とかでそう気づけていて、自分のやっていく道や交友関係を早い段階で絞っている人はホントカッコいいなと素直に思う。交友関係が広いからこそ関わりを絞れるし、一緒にやっていけるという感覚を信じられる。しっかりとお互いにケアできる関係を築いていきたいし、お互いにそう思える人と関係を重ねたい。

もちろん、関わりたい人とだけ関わるようにすると、交友関係は減る。でも関わりの密度をあげることで、逆にいろいろな可能性が生まれるし、仕事をもらったり渡したりする関係性も増える。とりあえず仕事を受けて、一緒にやれる人を探して一緒に回す、というこれまでのやり方もバッツリやめたので、めちゃめちゃ売上は減ったが、全部自分でやると人に払うお金はないのでめちゃめちゃ利益率は上がり、結果トントンみたいな感じになっている。

そして全部自分でやってるのでアウトプットの少なさの割にずっと忙しいが、信用する人とだけ仕事をすることは、何より精神がめちゃめちゃ健康である。もう上がってくるかわからないアウトプットを待つ必要がないし、すごい苦手なモチベーション管理のコミュニケーションコストで消耗する必要もない。さすがにもうちょっと稼ぎたいし、仕事に追われないくらいの余裕を持ちたいけども。

34歳、約3年ぶりに精神科に通い、ADHDの薬を飲み始めた。まだ飲み続けている。1つ目の薬は「血圧落ちるから毎日8時間寝ろ」と言われ、稼働時間1/3なのにマジで8時間も寝られるわけがなかったので別の薬に切り替え。2つ目の薬がわりと合っているような気がしている。いろいろなことやりたい癖、どんどん次のことに気が散る癖はあまり変わらないが、落ち着いて段取りを立てるとか、一旦そのことに気を向けることができているような気がする。しかし副作用として「あんまり眠くならない」というヤバめのやつがある。深夜作業していても「眠気がヤバいから寝よう」とあまりならないので夜ふかししてしまいがち。鬼激務だった新卒時代を除いて人生で一番睡眠時間の短い年だったかもしれない。

自分は障害者なんだ、という自覚を持てたおかげで、自分に向いてないことをやめる判断がついた。お金を稼ぐこと。チームプレイをすること。モチベーションを喚起して人の成長を助けること。自分に向いていることをがんばる腹の決めをした。文章を書くこと。個人プレイでチームや世間に貢献すること。意味のあることを意味のある形でやること。自分がトップランナーでいられる期間は、あとせいぜい15年くらいしかない。今世でできることを絞って頑張らないとすぐに死んでしまう。とはいえ次の世代に託すにはまだ早すぎるので、子が大きくなるくらいまでは頑張らねば。

そして自分の向いていることなら、頑張る意味がある。これまで会社を頑張る意味を見出せてなかったのは、自分の得意なことじゃなかったからなのかもと思ってきた。文章を書くことは得意だし、意味のあることを考えるのは得意なので、34歳の仕事はそれを頑張っていたら、結構いい成果が出せたようにも思う。もしビジネスを引き続きやっていく必要があったら、もう少し自分が自信を持ってできること、自分で完結させられることを増やして、それを横展開し、部分を少しずつ人に手伝ってもらう、というあり方を目指しただろうと思う。デザインとかですら極力自分でやるようにしているし、なんかそれが地方で個人/小規模チームで生き残るための術なんだよなと思いつつある。

でも、それをやっぱやり続けられるようには思わなかったし、ということは向いてなかったんだよなと思う。まあ運や生活環境によるところが多いのでもうしょうがない。

ということで、春からは常勤の大学教員になります。何をするのかまだあまりイメージついていないし、きっと大学ごとで全然違うので入ってから考えるしかないと思う。仕事をいろいろ変えてきた自分だが、ここまで大きくやることが変わるのは初めてなので、セカンドキャリアの気持ち。ありがたいタイミングで、なるべくしてなったなという気もしている。カツカツすぎてるいまに比べれば、比較的安定した職業ですこし生活に余裕は持てそう。さすがに自由度はいまよりすこし下がると思うが、それでも雇われとしては抜群に自由度の高い環境だと思うので、自分の得意なことを磨ききって何ができるのかは楽しみなチャレンジ。

正直、自分で稼がない道に進むのは、お金を稼ぐ、特に外貨を稼ぐことが重要な北海道の状況において、「逃げ」だと思っていた。でももうそんなこと言ってる場合ではない。何年やってもおれの才能では稼げねーんだから。それはやってみてわかったので、逆に腹も決まった。人様のお金をいただいて、自分のわかる物事をちゃんと勉強して教えて、一端の研究者も目指して研究して論文書いて、ということがたぶん得意なんだからそうやるのが一番自分の人生の有効活用である。お金にならんことも支え合って、人が自分でやるよりもやりたかった良い成果を出す。そういう支え合いが成立するのが社会である。社会ありがとう。社会から解き放たれて生きようとしすぎました。

自分を正しく愛し、自分を正しく信じることで、信じるべきでない人を信じない決断ができるし、信じるべき人を信じる決断ができる。おれはこの先の道をひとりで行くことにしたが、それはひとりではないことを信じることができるからだし、実際にひとりではないからだ。本当に生きていてほしい人にちゃんと重みを持って一緒に生きようと言うことができるし、薬も飲んで大人にもなったので、どうでもいい人との関係を徐々にフェードアウトすることもできる。やり取りがなくても信じ合えていることを信じられる人もいる。あとなにかあると「ママ!!◯◯くんいるからだいじょうぶ!!」と言ってくれる長男もいる。ママではなくパパです。あとお前は絶対人生苦労するぞ。どう見ても多動だからな。



よろしくセカンドキャリア。加速していこう。


Jealousy, turning saints into the sea
Swimming through sick lullabies, choking on your alibis
But it’s just the price I pay, destiny is calling me
Open up my eager eyes, 'cause I’m Mr. Brightside


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