どさんこ田舎者、東京でいろいろつくる

北海道遠軽町出身、さのかずや26歳。大学院を経て、再び東京で会社員。無茶と繊細さと賢さとバランス感覚。

FANTASY CLUB

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なんだかこのところ息詰まるような気持ちになることが多くて、
ああ、こんな気持ちの時に綺麗な絵が書けたらな、とか、
かっこいい音楽がつくれたらな、とか、思いながら、
どんどん浮かんでくる、いろんなひとのInstagramのストーリーを眺めていた。

そういうときに、あ、そうだ、おれには日本語があったんだ、
と、思い出して、すごく久しぶりに、ただ自分が書きたいだけの、
日本語を書こうと思ったのだった。

引っ越してきた代々木八幡の狭いワンルームは風呂の湿気がこもる。
裏側の窓を開けても、山手通りの車の音が聞こえてくる。
深夜の貨物列車の音が、数分に一度静寂を破る東海道線沿いを思い出す。
風通しが悪く、晴れた日も全く日の入らない、
玄関から近いこと以外の利点がほとんどなかった104号室を、少し懐かしく思う。




あれだけ望んだインターネット回線がやっと部屋に通っても、
部屋でやることはあまりない。スマホで動画を見るくらいだ。
ラグもテーブルもない部屋は自分の家なのに居心地が悪い。
狭い部屋には収納がない。明日届く2x4で収納を建築する。
自分で生きる環境を築く力はトレーニングジムで身に付けた。

経験上、日本語のアウトプット能力は完全にインプットに比例する。
このところはビジネス文章しかインプットをしていない。
1行の文章を書くのがひたすらにうまくなってゆく。
感情を込めることは下手くそになってゆく。
表に出さないことだけが、受け流すことだけが上手になってゆく。




会社に支給された、自分ではとても買えないiPhone7は、
安物のiPhoneSEと違い、画面から音が聞こえてくる。
画面の左右からステレオの音が聞こえてくる。
世の中の進歩を感じ、自分が置き去りにされた気がしてくる。

いろいろなものに期待をしすぎていた。
しかしそれは単なる常識であり、先入観であり、
自分で勝手に抱き、勝手に自分で縛られていただけのものだった。
そしてふと気づいた、そういう常識や先入観の類は、
かつての僕が何よりも憎んだものだった。

勝手に膨らましていた幻想は、穴を開けて萎んでいった。
そこには萎びた現実だけが残った。
しかし、目の前に広がるものが現実だけである以上、
ここからいかに現実と向き合い、いかに立ち振る舞うかが、
これからの自分を決めていくのかもしれない、とも思う。




気がつくと27になる歳になっていた。
新入社員は眩しくて、あの頃見ていた5年目はこんなだったか、
もっとずっと優秀ではなかったか、と絶望的な気持ちになる。
仕事も普段の生活もままならない自分に気が付き、
どちらを向いて生きれば良いのかわからなくなる。

#ポコラヂ で同い年のトラックメイカーは、
「新しいアルバムは田舎で聞けるものになった」
「東京で全部通しで聞けるかは確かめていない」
という話をしていた。
僕は彼のことを詳しくは知らない。

彼のことを詳しくは知らないが、華やかなキャリアの裏で、
苦労や悩みを抱えることも多くあったようだった。
その痕跡は、インターネット上にはもうほとんど残っていない。

 やはり家で音楽を楽しくて作っていただけの自分が、いつのまにかそれに生活を支配されるようになり、また自分の生活を支配するために音楽を作らねばならない循環に突入した。公私というものの概念は未だに住み分けができていないので、そういうことができている人の気持ちがわかりにくい。早いうちから音楽を作っていたのは今となっては後悔する部分も多い。早いうちからやっていたこと自体が失敗なのではない。早いうちからそれを精神の拠り所にするあまり他のことがからっきしになってしまったことが失敗なのである。オカダダさんに「お前は音楽を作ると自分のことがよくわかって良い、というが、それが料理な人間もいるし、もしかしたら友達と話すことで音楽と同じくらいそれに気づく奴もいるかもしれないぞ」と言われて膝を打った。
 音楽なんて別にやめても大丈夫と言い聞かせつつ、一番しがみついているのは自分ではないか。今でも行動する中で音楽のことから順番に考えるのが正義である、と考えてしまう。それは本当はかなり愚直すぎることでないかと思う。そう思うようになった。まあその愚直さがノンキャリアでもメジャーアーティストとしてやっていく図々しさみたいなのを与えてくれている部分もある。 根拠の無い自信(またはそう錯覚できるもの)が必要な時もある。

 一方でそれが常識のある人にできないことでもあるということもわかる。だから僕の音楽を買ってくれる人も居るのだと思う。ただ世の中無いものねだりなので、実は一番俗っぽい自分を呪い、大臣のように就職をして家庭を持って奥さんを愛す生活がうらやましく感じることもある。


ポコラヂのトークによると、彼の新作は、
今までよりも落ち着いたアルバムであるようだが、
彼をよく知る人は、逆に過去の状態に戻ったようなものでもあるという。
思えば僕だって、20代前半の大騒ぎを過ぎ、世界が少し収束し、
見える世界の小さかった10代末頃に、戻っているのかもしれない。




数年前まで僕は、世界はどこまでも広がり続けるんだと思っていた。
広がった世界の先に、どこか自分がいるべき場所があるんだろう、と。
しかし、いくら世界を広げようとも、その先には見えない世界があり、
自分がいるべき場所は、そこまで広げ続けた世界のどこにも、
ちっとも見当たらなかったのだった。

そうして立ち止まった僕は、
自分がいるべき場所は自分で作らなくてはいけないことに気づいた。
でも、じゃあ、この広い世界の、どこが自分の場所なんだろう。
そんなこと、分かるはずがなかった。

誰か周りの人を助けてみたら、
自分の場所が見えるのかもしれないと思った。
たしかにある範囲は生まれた。無理すれば場所と呼べるかもしれない。
しかしそこは場所と呼ぶには、自分の力で誰かを守るには、
あまりにも脆いものだった。




それでも、生きていかなくてはならない。
広げた世界の分だけ、伴う責任だけが多くなり、
そのひとつひとつに答えを出していかなくてはならない。
そのひとつひとつと向き合う作業は、孤独で、苦しい。

しかしそれでも、答え続けなければならない。
自分が好き好んで背負ったものだから。
自分の数少ない生きる糧であるのだから。




いつか僕が、人のことを心から信じることができるように。
いつかあの人が、人のことを心から信じることができるように。
ただ祈り、ただ生きる。
その先に何かの光が待つことを信じて。




26歳のある夜が、静かに更けていく。
開け放った窓から入ってくる風はまだ少し冷たい。
山手通りからは、今夜もまだ車の音がする。




Only 27 まだ踊り足りない
LONELY NIGHTSに何かを確かめ合い
ノリだけの時とは何か違う
頭使っててもまた間違う
LONELY NIGHTS