さのかずやブログ

北海道遠軽町出身、さのかずや29歳。株式会社トーチの代表。企画/事業開発。PMとかリサーチとかも。

30歳になりました

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いまさら22歳の目標とか読み返すと恥ずかしくなってくるが、それはそれなので置いておきます。デカいこと言っていたもんだなあ。人生。自分の若い頃より最近よく会う若者のほうがずっと立派である。自分の恥ずかしい記録を残しておくことで若者に優しくなれる気がする。そろそろ老害扱いされかねなくなってきたので気をつけて頑張りたい。



30歳になった

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いま流行りのアプリdispoで撮ったやつ


クソみたいな2020年が明け、クソの余韻として2021年がダラダラ進んでいる。ワクチンの接種が始まり、オリンピックもなんとかやりそうで(去年の今頃はまさかオリンピックやらないとは思ってなかったな)、夏ぐらいには色々なんとかなり始めるのでは、という淡い期待のある2021年3月。30歳は札幌のクラブPlastic Theaterで迎えました。

20歳の誕生日のことははっきりと覚えている。2011年3月6日。当時大学2年生のさのかずやは部活から遠ざかり、バイトに明け暮れていた。スマートフォンが一般に普及し始めた当時、「デカいスーパーの携帯電話特設コーナーでスマートフォンについて説明をする(売り込まなくていい)」というバイトがあった。1日1万円。時給1000円でも8時間で8000円とかなので、まあまあおいしい。1月ごろからバイトを入れまくり、この日は日曜日。土日の2日連続で和歌山県オークワパームシティまで大阪府茨木市から通った。電車で片道2時間くらい。

携帯電話の特設コーナーは自動ドア入ってすぐのところにあった。貸し出されるドコモかなんかのシャカシャカ1枚だと寒い。寒いな〜と思いながら案内してたらだんだん体調が悪くなってきた。現場監督的な人がTOW(後に代理店に入ってよく名前を聞くことになる大手イベント会社)の若いお兄さんで、昼前くらいに「ちょっと熱あるかもしれないです」というと「ほんまに!?大丈夫!?……でも今から代わり呼ぶとかさすがにちょっとむずそうやけど、なんとかなる?」とめちゃ心配してくれた。あーいうイベント会場にいるコンパニオン的な女の子たちも5,6人いて、2日間もいるとさすがにまあまあ仲良くなる。ひとり同い年の子がいて、話の流れで「今日誕生日なんよね」みたいな話をした。そしたら現場監督のお兄さんも「マジか!20歳のアニバーサリー!和歌山で!しかも熱出して!(笑)」と心配してくれて、スーパーゴールドみたいな見たことないめっちゃ良いユンケルを買ってくれた。元気出た。なんとか最後までやって、コンパニオン的なみなさんと一緒に大阪まで帰りました。同い年の女の子とはmixiでマイミクになった。TOWのお兄さん元気かな。

そう考えると20歳ってまあまあ大人だ。去年くらいのことのようだが、あれから10年も経つ。いま当時の自分の前に立つことができたらなんて声をかけられるだろうか。「いま大学めっちゃつまんねーと思うけど、いろんな世界を見る判断をしたのは間違ってないので、どんどんやってみたら」「就活ちゃんとやって正解」「大企業に就職するけどすぐやめるよ」「20代後半めっちゃ手探りだけどそれはそれで大事」「自信持とう、自信持たないことには何の意味もないからな」くらいなことだろうか。自信持たないと何の意味もないね。



去年はこんなことを言っていた。

正直結果だけ見れば、かなり停滞したような1年だった。IAMAS1年目、24歳のときのような感じだ。でもそれは、地に足つけたことやるには時間がかかるということの裏返しでもある。北海道を数千キロ走り回って人と会ったって大きな進歩は生まれない。でも最初から、代理店のときの目線と同じくらい遠くを見ていても、個人では何もできはしない。いまの実力と環境でできることと、自分が一番価値を発揮できること、その梯子を掛ける必要がある。

この1年で、東京を抜け出し、会社を設立し、新しいメディアを立ち上げた。だいぶ自分の振る舞い方に苦慮したけど、ここにきてやっといろいろ回り始めた気がする。それは本当にいろんな形で力を貸してくれるみなさんのおかげで、なんとか覚悟が決まったし、転がし始められた感じがある。本当に覚悟が決まると「覚悟が決まった」とかわざわざTwitterで言う感じでもなくなるなという学びがあった。普通にそれどころではなくなる。いまのおれにも、目の前で誕生日に熱出しながら仕事してる若者がいたら、スーパーゴールドユンケル的なやつを買ってあげるくらいの男気は備わっているだろうか。そうあると信じたい。







29歳の振り返り

1. いま計画していることを最優先にやりきる。
2. 無理して自分でやらずに、人に甘える。
3. 友達経済をやりきったときの景色をみる。
4. 刀は抜くべき時、抜くべき相手だけに抜く。
5. 自分の手を動かし続ける。絶対に。

1. いま計画していることを最優先にやりきる。 → △

去年の3月に計画していたことを実現する意味がなくなった。でも代わりにやるべきことがいろいろ見えた。手探りでそこをつくってきた1年だったように思う。
note.com
コロナが終わったら変わるかわからないけど、この1年2年でできることを最大化していくしかない。この1年は使えるだけ使えたと思っている。もっと早く腹を決められればできたことももうちょいあったかもね。でもそれはおれの性格だからしょうがないようにも思う。30代はバシバシ決めていかないとすぐ終わりそうだ。



2. 無理して自分でやらずに、人に甘える。 → ◯

これは本当にやっと最近できるようになってきた。チームのありがたみ。

このときに言ってもらったことは自分にとって大きな意味があったような気がしている。自分でやろうとしたら1人分のことしかできない。でも自分でやってることを人にお願いするのは難しくて、「最初から人と一緒にやる」ということしかないんだなとぐるぐる回って学んだ。そこの道をガンガン拓いていきたい。



3. 友達経済をやりきったときの景色をみる。 → △

おれなりにやりきった結果、やりきったときの景色をおれに見ることはできないなと思った。そしてやっぱりそこは得意ではない。でも大事な要素。疑似友達経済を仕事の関係でつくることができつつある、気がする。
www.art-c.keio.ac.jp
こないだのイベントでも話したけど、友達経済要素を取り入れながら質の高いアウトプットを出す、ということしかなくて、自分は後者が得意なら、前者が得意で同じ方向向ける人と一緒にやるしかない。そういう学びが得られただけでとってもよかった。



4. 刀は抜くべき時、抜くべき相手だけに抜く。 → △
Twitterで人がやってることについてどうこう言いたい気持ちは全くなくなったし、むやみに刀は抜かなくなったような気はするけど、まだまだ。もっとちゃんとしたスピードで大人にならないと。大人になったほうが絶対得なので。大人になれてない人を見ても受け流せるようになりたい。



5. 自分の手を動かし続ける。絶対に。 → △
足りてない気がする。自主的なイベントも企画できてないし、このままだとだんだん動かし方がわかってこなくなる。機会をつくらないとなー。これまではVJで強制的に機会ができてたけど、定期イベがなくなったので機会もない。今月1年ぶりのTIPSがあるので楽しみ。




30歳の目標

1. 30代の終わりにどうありたいかのイメージを立てる。
2. 「やっていき」の質にこだわる。
3. ちゃんと会社の事業をグロースさせる。
4. ちゃんと感謝を表明する。
5. ちゃんとカッコつける。


1. 30代の終わりにどうありたいかのイメージを立てる。

ついつい目の前のことにフォーカスしてしまいがちだけど、多分目の前のことにフォーカスしていたら30代がすぐ終わる。30代が終わったら人生だいたい決まってしまう。ここから5年くらいが最後の拡散のチャンス。それはたぶん大枠の背伸びプランニングを立てつつ、流れてくるチャンスに飛び乗り続けないといいとこまで行けない。チャンスは心構えのあるものにのみ訪れると誰かが言っていた。心構え、自分の器を自分で大きめにイメージしておくことが重要。



2. 「やっていき」の質にこだわる。

上とほとんど同じだけど、人生は限られるので、「自分ができることをやっている」ことはとっても重要だけど、それだけでは圧倒的に足りない。「やっていき」に甘えることが一番簡単で、「やっていき」の質を上げていくことが一番むずかしい。すべての行動に対して、自分がやるべきことなのかをちゃんと考えて選んでいく必要がある。自分がやるべきでないことをやっている場合ではないが、本当にやるべきことのためにやるべきかわからないことをやる必要もある。そこは質にこだわりながら考え続けて、できるだけ人と話して、やっていき続けるしかない。



3. ちゃんと会社の事業をグロースさせる。

たくさんの人のおかげで、やっとこのことをちゃんと考えられる状況になってきた。本当にありがたい。期待に応えられるだけの動きをしていきたい。これが本来自分が一番得意なことのはずなので、ガッシガシやる。信用してくださる人と一緒に。



4. ちゃんと感謝を表明する。

ほんとに苦手なんだけど、言わないと伝わらないし、言われた側はだいたい素直に嬉しい。尊敬している経営者やリーダーの人はだいたい褒めるのと感謝を伝えるのがめっちゃうまい。やるべきコミュニケーションをやらないのはただの甘えなので、やるべきコミュニケーションをちゃんとやっていきたい。



5. ちゃんとカッコつける。

今年一番重要な課題かもしれない。最近初めて仕事で関わったちょっと年下の硬めの会社のひとに「うちの会社にはこんなオーラある先輩いないっす」って言われて、トイレで鏡を見たらユニクロのシャツの髪ボサボサのくたびれた男が写っていた。家出なさすぎ。これはよくない。これまで身なりをはじめ生活に無頓着でいたけど、無頓着なりに最低限カッコよく見えるように振る舞うべき。あとそもそもカッコつけるということが重要な気がする。というのを28歳の向井秀徳を見たり、「愛と幻想のファシズム」を読んだりして感じている。まだ全然上巻の途中。

愛と幻想のファシズム(上) (講談社文庫)

愛と幻想のファシズム(上) (講談社文庫)

  • 作者:村上 龍
  • 発売日: 1990/08/03
  • メディア: 文庫



30歳、重い

なんとなく重いような気がしているけど、気がしているだけかもしれない。

今日は札幌から4時間JRに乗り、地元の遠軽町を経由して流氷を見に紋別に来た。地元では父母ががんばってカフェ準備のために古民家の改装を進めていた。度々ケンカもしているっぽいが、未来のある計画を楽しそうに進めているのはとても良いことだと思う。改めて考えれば、自分は東京生まれ東京育ちで親が事業をやっていて、みたいな恵まれた環境の人間ではない。インターネッツで活躍する人間はそういう人たちばっかりだが(もちろん大体の人はそうであることを明かしてもいないし、自分が恵まれた環境にいるとも思っていないだろうが)、そもそも自分はそういう人と比べる/比べられるべき存在ではない。自分が比べられるのは自分のルーツのみである。生まれてから遠軽町から出て住んだことのない自分の親からみれば、だいぶ頑張っているほうであろうと思う。それを最大限生かしていくしかないし、わざわざ他人と比較したり、他人と縄張り争いする必要もない。

年末に書いた記事では誕生日に感謝を伝えたいと書いてた。伝えたい。でもここで伝えている場合でもない感じもある。先日の合宿が大きなターニングポイントだった。やっていきの空回りじゃなく、一気に進めていけそうな感じがある。まだまだここから。たくさんのひとといろんなことをやっていきたい。ほぼなんも言ってないですね。やっていきが空回っているほうが文章は書けるような気がします。具体的なことをやり始めると具体的なことはあんまり書けないのでなにも書くことがなくなる。「ああなんかもう恥ずかしいくらいいけるような気がしてる」とも思わなくなった、それは29歳までだった気もする。

20代前半〜中盤は絶望ばかりしていたし、早くおとなになってもっと色々できるようになりたいと思っていたが、やっと色々できるようになってきて、責任も伴ってきて、楽しくなってきました。27歳ぐらいから絶望することはなくなってきたような気がする。たくさんのことをやろうとしたままおとなになり、未だにたくさんのことをやろうとしているが、それでもやっていけるひとつの例を切り開きたい。長期戦。みなさんのおかげで20代が救われて、自分の人生が救われた気がします。若い頃は上から引っ張り上げてくれた人のことしか見えていなかったけど、下から押し上げてくれる人もたくさんいるし、そういう人になにか少しでも返せることがしたい。体育会系なので先輩方から「俺たちに返さなくていいから下のやつに回してやれよ」と言われておごってもらってきたので、自分も後輩たちに次の世代への投資を押し付けていきたい。そして信頼できる先輩方からもっとデカい投資をガンガン受け取っていきたい。その器でありたい。30歳も、30代も楽しくやっていきたいです。よろしくお願いします。




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30歳の誕生日は20年前のイースタンユースにハマっていたことを書き残しておきたい

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30代も青春狂時代でいきたいですね