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どさんこ田舎者、東京でいろいろつくる

北海道遠軽町出身、さのかずや26歳。大学院を経て、再び東京で会社員。無茶と繊細さと賢さとバランス感覚。

コピーライター養成講座(基礎コース)に通った。

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広告業界でありがちのあれ。

コピーライター養成講座に通いました。
半年で40回の講義。17万円とちょっと。

今日が最終課題講評の日で、明日が最後の日。
とても勉強になって、有意義だった。
でも「コピーライターはポエマー」という考えはちょっと残った。


受ける前のきもち。

ぼくはコピーライターになりたいわけではない。
でも「ものの見方を変える発想」みたいなものは身につけたかった。

あとは言葉の使い方が下手くそで、
頑張って話してもひとに伝わらないことに苦しんできたので、
ものごとを正確に伝えられる言葉の使い方を身につけたくて、
そういうことが勉強できそうだと思って受けた。


本当に正直に言うと、この講座を受けるまでは、
コピーライターはポエマーだと思っていた。
「いいコピー」とされているものが、何がいいのか全然わからない。
別にポエマーになりたいとは思わなかったし、
ポエムでメシを食うのなんて恥ずかしいと思ってた。


講座を受けて気づいたこと。

全40回の講座。
途中から行き始めたから、行ったのはたぶん30回弱。
それぞれのコピーをちゃんと見てくれる少人数コースはおもしろかった。

この講座を受ける前は、上記のように、
コピーライターにあまりいいイメージを持ってなかったけど、
この講座でいろんなクリエイティブ界の重鎮の話を聞いて、
コピーライターは「新しいものの見方を発明する人」というものだと気づいた。


「いいコピー」とされているものは、
「新しいものの見方を発明した言葉」である。

あとから見て全然良さがわからないのは、
その「新しいものの見方」が既に浸透しているから当たり前に見えるものか、
その「新しいものの見方」が自分にとってどうでもいいことか、
どっちかなんだと知った。

そう考えると、「新しいものの見方」を、
言葉で表す人がコピーライターであり、
デザインで表す人がデザイナーであり、
「新しいものの見方を発明すること」=「クリエイティブ」
であるということに気づいた。


別に「コピーライター」という職業になりたいとは、
この講座を終えても思わないけれども、
「新しいものの見方を発明できる人間」にはなりたいと思っている。
=「クリエイター」なのかもしれない。

たぶん「クリエイティブ」の道具として「言葉」を使うのは、
社内のコピーライターの人を見ていても相当な訓練が必要だし、
ぼくはわりとやりたいことが色々あるタイプの人間なので、
上級コースを受けたりはしないだろなー。

この講座で学んだ「新しいものの見方を積極的に探る」
というところは活かしていければ、もっといろいろ面白くなる気がする。


あと講座の感想。

ぼくは講座の途中(7回目くらい?)から参加した。
「途中からでも大丈夫です、受けられなかった部分は応相談」
ということを言われていて、1〜6回目も受けたかったけど、
メール送っても無視されたり、直接話しても対応してくれなかったり…
まあめんどくさいだろうからしょうがないけどさー

あとは事務局の人が、
講座の会場の案内をしてくれたりしてくれなかったり、
ちょっと適当なんだなーとは思いました。
でも、いろんなクリエイターの方のお話を聞けただけでもよかったです。


あとは、卒業制作コンテストの優秀作発表後に、

「クライアントさんがどう思うか、ということももちろん大事だけれども、
 『コピーライター養成講座』としては
 『言葉の工夫をしているもの』を選びたかった。

 たぶんクライアントさんはもっと現実的な、生々しい表現を選ぶだろうけれど、
 『コピーライター』として『いいコピー』を選びたかった」

という話をされていた。

ぺーぺーの営業としては、これってどうなんだろう、と思ってしまった。
営業としては「クライアントさんのためであるべき」という考えになる。
コピーはアートじゃないんだし、
クリエイター視点よりもクライアント視点のほうが重要じゃないんだろうか。

でも「コピーライター養成講座」だし、
この講座が「クライアント視点」になっちゃったらダメなところもあるんだろうなあ。
宣伝会議賞も「グランプリと協賛企業賞はまずかぶらない」らしいし。
だからぼくのコピーが、
コピーライターの方に選ばれなかったことには納得してない。笑

こういう部分も含めて、
コピーライターにとって「コピーライター」とは、
「たとえお客さんが選ばなくても、世の中に新しい視点をもたらす人」である、
ということを知ってしまった点では、
「コピーライターはポエマー」という疑問を拭いきれなかった部分がある。


コピーと広告。

実際の広告には、コピーだけじゃない、
「雰囲気作り」みたいな部分があって、
コピーだけじゃなく、CMとか、屋外広告とか、
商品パッケージとか、いろんなプロモーションとか、
そういうもので「広告」が作られるように感じる。

実際に、世の中に出ているものでも、
メインで出ているCMが個人的にあんまり響かなかったものでも、
付随したプロモーションを見ていくうちに、
だんだんしっくりきたものもある。

きっと、全体で雰囲気をつくっていくことが大事なんだろう。
でもそのコアとなる部分の言葉がどれだけしっかりしているか、
ということでコピーの技術が効いてくるのかも。
ほとんど素人だけど。


ぼくの得た学び。

結局、コピーライティングというものは、
「考え抜く」「出せる観点を出し尽くす」
というような最低ラインを超えていれば、
あとは個人のクセの差、嗜好の差くらいしかないんじゃないか。

クリエイティブ界の偉い人にどう言われようと、
「得意先のためにはこれが一番である」って言えるかどうか、
自分の信念を貫けるかどうか、

ってことが大事なのかもなあ。

ということが、ぼくが得られた学びです。
たぶんこんなの、本職のコピーライターとかに見られたら、
一笑に付されるようなものだと思うけど。



明日は伝説のコピーライターの方のお話。
ききにいってみよー


どうでもいいけど

自転車なおしたいなー。ロードバイク。
ブレーキワイヤー・変速ワイヤー交換の途中で放置している。
あとディレーラー調整して、バーテープ巻いたらおわりのはず。
ちゃっちゃと直してどっか遠出したいなあ




JUDY AND MARY/BLUE TEARS

最初の10秒だけで泣きそうになる。
YUKIさま若いなぁ…今日アジカンの古いアルバムを聴いてても思ったけど。
「若いころにしかつくれないクリエイティブ」
みたいなものがあるんだろうな…。
いまのうちに恥ずかしいものでも作っておかなきゃいけない気がしている。