さのかずやブログ

北海道遠軽町からやって参りました、さのかずやと申します

意味もなくなんとなく進む淀みあるストーリー

新幹線が西へ向かうにつれて雲行きは怪しくなってきた。窓の外には静岡県の平和が広がり、僕の中には何もない。田んぼの真ん中をカブが走って行くのが見える。朝コンビニで買ったパンをかじる。特にお腹は空いていない。ガラガラの1号車のモニターには無機質な文字で無機質なニュースが流れていく。「サイパンで不明の日本人姉妹、捜索打ち切り。米警察当局発表。生存の可能性低いと判断。」時速300kmで河川敷の草野球が通り過ぎて行く。日曜日の朝はこんなにも爽やかで、僕の中に受け止められる器はないようだった。中学生から何百回と聴いた音楽が、轟音の手前で落ちていく。ああ、僕は今きっとポエムを書いている。そういう自覚はある。新幹線は浜松駅を通過する。


新幹線から見える景色は、東京ではめったに見られないものばかりで、かといって地元で見られるものでもない。早朝の眠気と高揚感が相まって、車で札幌に向かうときの景色が脳裏に映る。この現象について、『アオハライド』という少女マンガには「フラバ」と書いてあった。近頃の若い子たちはそういった言葉を使うのだろうか。昨日家に届いてパソコンに貼った自作ステッカーの出来がいまいちで気持ちがささくれ立つ。新幹線はトンネルに入り、Wi-Fiが切れて僕の気持ちも切れる。全然うまいことは言っていないし、世の中になんの価値も生み出していない。最近は「ポエム」という言葉が「なんの価値も生み出していない文章」に対して使用されているように思う。昔からそうかもしれない。時速300kmで通り過ぎる川は、まるで流れの形のまま静止しているように見える。727 COSMETICS。


ASIAN KUNG-FU GENERATIONのベスト盤はソルファ時代を抜け、新幹線も三河安城駅を通過する。止めどない青、消える景色、終わる冬を。外は愛知県の景色になり、自転車で大阪から東京へ向かった20歳の5月を思い出させる。フラバ。あの日名鉄のすごい田舎の駅で、おばあちゃんと一緒に電車に向かって手を振っていた少年は今何をしているだろう。光るプラズマTV。線路は続く。727 COSMETICS。


電車は名古屋駅を発ちさらに西へ向かう。雲に切れ目のあった空はむらのある灰色で覆われ、隣には小さな子どもたちが乗ってきた。新幹線はやや高くなり、遠く向こうまで岐阜県の景色が広がる。全くなかった眠気がここに来て少しずつ歩み寄り始め、僕は停車駅を確認する。京都、新大阪、新神戸、岡山、広島、博多。博多では今日はロックフェスはやっていない。何本もの高圧電線が送電塔にぶらさがり遠くへ伸びる。一瞬全ての送電塔が重なり、遠ざかる。大学生の時に付き合っていた女の子と会って、お酒も飲まずに晩ご飯だけ食べて1時間で帰った冬の夜を思い出す。岩は転がって僕たちを、何処かへ連れてくように。6時間後、僕は宇治の丘の上で2年振りのASIAN KUNG-FU GENERATIONを見る。それを見ても見なくても明日からの僕はきっと何も変わらないし、今日僕が京都に行くことさえ特になんの意味もない。そうやってどこか達観した気になって、僕は自分が傷つくことから逃げて、逃げて、東京に住んでいる。ただいま 米原駅を通過。ヤンマー中央研究所の温度計は25℃を写し、うろこ雲の間から太陽の光が5番A席に座る僕を白日の下に引きずり出す。被害妄想は募り、頬を撫でるような霧雨が、強かに日々を流す。


列車は滋賀県の景色に入り、遠く山並みを映し出す。随分遠くまで来た気がしている。それは港区六本木を皺だらけの色あせたスーツで歩く僕からなのか、北海道遠軽町で君という花を歌いながら自転車に乗っていた僕からなのか、考えない方がいい気がしている。田んぼの真ん中に軽トラックが2台。奥の軽トラックの荷台に体育座りしてKBCラジオを聴いている僕は、何本向こうの平行世界にいるだろうか。そんな風には取り上げられずに僕らは死ぬとして、世界は続く。何もなかったかのように。727 COSMETICS。

A席からは琵琶湖は見えない。このまま行くと電車は大津駅を過ぎ、トンネルを抜け、山科区を抜け、トンネルを抜け、京都駅へ着く。ここで新幹線の安全神話を疑う必要はないし、寝過ごす必要もない。集団的自衛権について議論する必要もないし、心の闇と向き合う必要もない。ブログにポエムをアップロードしたら降りる準備をしよう。降りた先が21世紀であることを祈って。壮絶な自慰行為は若い頃の特権だと、偉い人が言っていたような。僕に残された時間は少なくて、残せるものだって少ないだろう。だったらこの辺でやめておくべきなんだ。次は人の役に立てる文章を書くことを誓って。



ASIAN KUNG-FU GENERATION / 君という花