メディアをやるのは、死にたくないし、死なせたくないからだ。
.
高校の友だちから連絡があった。
留年したけど大学卒業して、何度か働いてやめてを繰り返していたけど、うつ病とADHDの診断をされて、2ヶ月後には傷病手当も切れる。
いろんな思想に触れてみた結果、山奥でヒッピーのような暮らしをするか、ていねいな暮らし系の農家になるか、ポジティブに死ぬかしかなくなってきた、という相談をしてきた。
ぼくは、こういう人なら紹介できるよ、といった。
飛騨でていねいな暮らしをしている人、地元でストイックに農家をやっている人、北海道の各地でそれぞれの問題意識を持って、若いながらもそれぞれ活動を進めている人。
彼は、すごいね、といった。こんどちゃんと話聞かせてよ、と言った。泣いているような気がした。
okhotsk-island.com
ぼくは今月から「オホーツク島」というメディアをはじめた。
ぼくがこのメディアでやりたいのはこういうことかもしれないと思った。
ぼくだって死にたい。つい先週くらいはだいぶ死にたかった。
でも思いきれないのは、いろんな人がよくしてくれたからで、いまでもよくしてくれる人がいっぱいいるからだ。いろんな人にたくさんお金と気持ちと労力を使ってもらった。そのおかげで、活かしきれてないけど、自分の前にはいろんなことができる、させてもらえる状態がある。だから死ぬのはもったいない。
昨年度末の、今通っている学校(IAMAS)での年次発表。
この動画でも述べているけれど、ぼくはインターネットによって、なんでもできるし、なんでもできない、という事実に耐えられないと思った。
それでもぼくたちは生きていかなきゃならない、ということに対する回答として、「自分のできることから始める」ということを選んだ。
ぼくがメディアを始めたのは、継続的なことをやり始めると死ねないから、死なないためにはじめた、というところが少なからずある。
これはやっぱり、いろんな人の活動と、いろんなつながりの可能性を可視化することによって、「ぼくたちはそれでも生きなくてはならない」ということに対する答えを見つけるための活動だと思っている。
酔っ払った勢いで書いてるし、起きたら消すかもしれない。でもひとつぼくの中で揺るがないものに繋がることが起きたので、書き残しておかなくては、と思った。
明日からも死なないようにがんばろう。