どさんこ田舎者、東京でいろいろつくる

北海道遠軽町出身、さのかずや26歳。大学院を経て、再び東京で会社員。無茶と繊細さと賢さとバランス感覚。

27歳になりました


ことしもよろしく2018music: shawn wasabi - hotto dogu(sanmal edit)#TouchDesigner去年は自分の思うようにやれないフラストレーションから論客(笑)になってしまっていたので今年は黙ってやろうと思います、2015のIAMAS行く直前に心境がよく似ているのでやれる気がしています、たぶん2018はほとんど無駄撃ちだと思うけど、一つでも実を結べば無駄じゃないはず。結果で殴ってくる人に負けないためにはそれ以上/別次元の結果を出すしかなく、それにはリスクを取った行動以外たどり着けないとわかったので、やってまいります。ことしもよろしくおねがいします。



毎年書いてるんです

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27歳になった

「27になりました」と自分の口から言うことの違和感が半端ない。本当に27なのか?
22歳くらいから内面的にはほとんど変わらないままこの歳になってしまった気がする。いいことなのか悪いことなのか、そういうものなのか。
知識とスキルと経験は、確実に、この歳なりのものは得られているけれど。


去年増やしまくったカードは、きっとそのどれにも意味があった。最終的にこの1年で、それらのカードをどう切るか、という一段階メタな取り組みに乗ることになった、し、その取組もひとつの「道」として主張できるようになった。気がする。

それが「自分にしかできない何か」なのか、ということに関しては、自分にしかできない何かを突き詰めた結果、自分にしかできない何かで満足感を得るのではなく、そうした特別な何かによって誰かが幸せを得る、という事実を起こす、という、これまた一段階メタな部分で満足感を得ることに至った。だんだん何言ってるのかわからなくなってきましたね。綺麗事でなく、みんな幸せだったらいいやという気持ちになってきました。なんなんだろうこれは。


去年はこんなことを言っていた。忘れてるもんですね。
この1年やってわかったことは、この「『自分にしかできない何か』を他の人ができるようにする」という取り組みは、他の人にめちゃめちゃ伝わりにくい、ということ。やる前からわかってはいたけど。「その人がいることによってその場がうまく回っている」というのは、その人がいなくならないとわからない。広告営業と同じですね。
わかりにくいがゆえに、プレゼンスを示すことも難しい。できることといえば、多分1回やってみて、その後いなくなってみて、「やっぱいたほうがよかったわ」と言ってもらうことくらい。

じゃあ、自分で作っていくタイプでない人にとって、どうするのが正解なのだろう?
多分、自分が主体として事業をやって、自分のプレゼンスでなく、事業のプレゼンスで語る、ということなのだと思う。
トマド氏がマルチネレコーズのプレゼンスで語るように、代理店の人がアウトプットで語るように(ちょっと違うかも)。
この辺はこれからまだ整理が必要になりそう。



再就職して嵐のような1年が過ぎようとしている。
多分2年分くらいあったんじゃないかという本当に濃密な経験をさせてもらって、そしてまた春からは新たな戦いが始まる。新しいフィールドで全く新しいことを学び始める上で、始めることに年齢は関係ないとはいえ、流石にハードルは上がってくる。これまで積み重ねてきたことも限られている。なにを活かして、何をこれから積み上げるかが、27という年齢にリアルに迫ってくる。
27歳はそれを考える歳にしたいと思っています。




26歳の反省

去年の記事で立てていた目標は以下

1. 新しい価値を金に変える方法を学ぶ。
2. 「オホーツク島」の運営メンバーを5人以上にする。
3. 若い世代のジェネVJと音楽の穴埋めを頑張る。
4. 時間と気力と金とモチベーションをうまく使う。
5. ひみつ〜


1. 新しい価値を金に変える方法を学ぶ。 → △

今の会社で、新しい価値をお金に変えようとするために動き、説得力を持って話す、ということのために必要なことは何かを知り、その話し方を学ぶことはできた。
しかし、語れたからといって、実際に金になるかはやってみないとわからない。ごく当たり前の話だし、それはこの会社のやり方が悪いわけでも、間違っているわけでもない。そういうものだ。
だとしたら、「新しい価値を(確実に)金に変える方法」というものは最初からなく、「新しい価値を金に変える(かもしれない)方法」の中で確実そうなものを、実際に進めていくしかない、という、それだけのことだ。そういうことを知れたのは本当に大きな学びだった。
いろんな人が絡む場所だと、それを客観的合理性だけで決めるのは難しくなってくる。その中で動く経験ができたのも本当によかった。あとは、自分で動いて実際に金に変えていく、という、それだけなのだろう。



2. 「オホーツク島」の運営メンバーを5人以上にする。 → ✗

正直、回らなかった。モチベーションだけでやることの難しさをメチャメチャに感じた。まず自分のモチベーション維持だけでも困難を極めた。
本当にちゃんと定期更新を続けるとしたら、金が必要だ。という認識が強くなった。ただでさえ関係する母体数が圧倒的に少ないものであることに加えて、人は内的なモチベーションだけで動けることに限界がある。
今年はその仕組みづくりを進める。多分どんなに頑張ったところで母体数は増えないので、限られた母体数の中で限られた人をうまく巻き込める仕組みを、じわじわ作っていく。



3. 若い世代のジェネVJと音楽の穴埋めを頑張る。 → △

東京に戻って1年、いろんな界隈に出入りしたりアプローチしたりしてわかったことがいくつかある。
ひとつは、「音楽に対してガチな現場ほど『VJ』があまり求められていない」ということ。逆に言うと「『VJ』が演出として重視されているのはEDMとアニソンくらい」ということ。VJが主役のクリエイティブコーディング界隈とか、ちゃんとした演出が求められるデカいステージは除く。それ以外の普通のクラブイベントにおけるVJは、音楽を引き立てるための照明の延長線上にある程度。なんかこれはもう「そういうもん」っていう感じだし、もっと時代が変わらないとこのままなんだろうなと思う。
そういう状況において、「若い世代のジェネVJがもっと音楽界隈に出ていくようにいろいろやりたい」と思っていたかつての考えは、大分変わった。そもそも音楽界隈にジェネVJとかが特に求められてない、ということがわかったからだ。ライゾマにとってのサカナクションみたいに、そういうのに理解がある人、ハマる人たちと組んでいい座組ができないと、なかなか難しいんだろうなと思う。
だからジェネVJはジェネVJが求められる現場でやった方がいいんだろうなと思う。それはNxPCとか東京の一部の大人たちが頑張ってるので自分が動くタイミングではなさそうな気がしている。自分はやりたいときにやれる範囲で続けていきたい。2ヶ月に1回、仲良しのロックDJがやってるイベントでやれるのがちょうどいい。そこで若いVJの子と一緒にやれていることが、自分にとってはすごくありがたいことであるなあと思っている。



4. 時間と気力と金とモチベーションをうまく使う。 → ◯

2017年度後半は外的な要因で難しかった。自分のできること全部やった結果、何もできないということがわかった、という感じだった。それはそれで有意義だったのかもしれない。
それを踏まえて新しい方法を取ることにも決めたので、トータルで見るとうまく使えたのかもしれない。この1年は、今の自分、今後の自分の人生における、時間と気力と金とモチベーション(あと体力)の最適化に、命をかけて向き合うことになるだろう。自分自身、そういう状況を待ち望んでいたんだろうと思う。
めっちゃ悩ましいし超辛いんだろうな、とすでに思うけど、やりながら決めていけそうな感じがしている。がんばろ。



5. ひみつ〜 → ✗
26歳、プライベートは崩壊していた。時間と気力と金とモチベーション(あと体力)使ったなりに学んだこともあったけど、もう学ぶとかよくないですか。もういろいろと落ち着けたい。27やぞ。




27歳の目標

1. 今後数年間、メインでやっていくことをきちっと絞り込む。
2. オホーツク島を持続的に運営していけるスキームを形成する。
3. 自分の取り組みを世界の誰に対しても説明がつけられるようにする。
4. 海外に協業相手を複数つくる。
5. ちゃんと生きる。


以上。26歳でマニラとか上海とか、海外に目を向けられたのは自分にとって大きかった。今年はその動きや考え、行動をもっともっと大きくしていかなきゃいけないんだろうなと思う。
自分のやることが自然と絞られてきたのは、自分にとっていいことなんだろうし、そういう歳なんだろうな、ということなんだろうと思う。
絞りこみがうまくできたら、「自分の選択肢を諦めずに持ち続けて27になってしまったやつの末路」という話でも書きたい。




なんか思うことは色々あるけど

近いうち何かに書くと思う。これからやっていくことも含め。
おれはまけないからな


2018年1-3月ベスト