どさんこ田舎者、東京でいろいろつくる

北海道遠軽町出身、さのかずや26歳。大学院を経て、再び東京で会社員。無茶と繊細さと賢さとバランス感覚。

IAMASを卒業して東京で生き残っています

この記事について

この記事はIAMAS Advent Calenderの12日目の記事です。
qiita.com




IAMASを3月に卒業して、東京で会社員をしながらサバイブしている、さのかずやと申します。
IAMASを卒業して、IAMASにいた時にやった何が、社会で役に立ったかについて書きます。
ライフハック的な記事なのでQiitaに書かずブログに書きます。



IAMASってなに

IAMAS(イアマス)とは、岐阜県にある大学院のみの学校、情報科学芸術大学院大学のことです。
www.iamas.ac.jp
メディア・アートなどをやっている学校です。


でも多分なにやってる学校か、詳しくない人には誰も何もわからないと思うので、この辺を見て頂けると、卒業生がどんなことしてるかとかはわかるのではないでしょうか。
interview.iamas.ac.jp


過去こんな記事も書いたのでもし更にご興味があればご覧ください。
sanokazuya0306.hatenablog.com



こんなこともありました



さのについて

北海道のど田舎出身、大阪の大学の工学部、東京の広告代理店勤務、IAMASを経て、春から東京の新規事業開発会社で働いています。


わめきちらしているTwitterはこちらです。
twitter.com


詳しくはこの辺をご覧ください。
さのかずや / sanokazuya0306


修士研究・制作ではこんなことをしました。
sanokazuya0306.com
sanokazuya0306.com


修士論文はこちら。
medium.com


以下はあくまで個人の感想ですし、
IAMASにおける過ごし方は個々人全く異なるので、得られるスキルも全然違います。
なので1サンプルとしてみて頂けたら幸いです。



IAMASでやったことで役に立っていること

完全にぼくの仕事の領域の話なのですが、ざっくり4つあります。

ラピッドプロト制作→事業立ち上げの感覚が身についている

新規事業をやる会社なので、どんどん新しいことやらなきゃいけないのですが、新しいことやる上で、当たり前ですがスピード感が必要になります。

普通の会社で働いているといきなり「スピード感」とか言われても、「頑張って来月末までには!」みたいな感じだと思うんですが、IAMASにいると「とりあえずなんとか作ってとりあえず見せる」という経験を結構積むので、1日とか1週間で作るとかが割と普通で、いわゆるスプリント的な動きが普通に馴染みます。

diamond.jp

このスピード感を持って社会に出ると、スタートアップとかなら割とどこでも通用するような気がしてます。

インタビュー力が身についている

これもぼくが大学院で社会学寄りの研究をしていたということがありますが、インタビューしたい人にアプローチして、質問リスト作って、会って質問して、後からまとめて、共有する、ということが身につきました。

これも新規事業立ち上げには欠かせないプロセスで、インタビューから得られた示唆を抽出してモノに活かす、というのはきっちりやるとビジネスでものすごく使えます。

たとえもう少しラフにやるとしても、インタラクティブなものづくりのUXを考えるうえでは、仮説を立て、要点について検証を行い、改善する、という手法は、絶対に欠かせないものなのではないでしょうか。

根拠のない意志でやりきる力が身についている

新規事業とかスタートアップとか、アートでもデザインでもそうかもですが、マーケットのどこにどれくらいニーズがあるかとか、人はこういうのを求めてるとか、論理的に説明しようとすれば、いろんなデータを使って正直なんとでもいえます。論理的に説明することと、でっち上げてそれらしく説明すること、受け取り手からすればどっちであろうと全く差異はありません。

論理的に説明のしようがあるときに、論理以外に何が必要になるのか?そこにはもう「つくり手の意志」しかありません。ハーバードの名誉教授であるネルソン・グッドマン先生が「信念と指針」と言っています。
sanokazuya0306.hatenablog.com

IAMASでは「で?お前はそれを本気でやりたいのか?死ぬ気でやるつもりなのか?」ということを何度も何度も問われましたが、本気でやらないなら誰がやってもうまくいかないし、論理は「やらない理由を消す」程度のものでしかありません。そういうことだったんだな、と最近気づきつつあります。

IAMAS人脈に助けられまくり

IAMAS卒業生はこれまで1,000人くらいいるらしいですが、狭い世界なので結構いろんなところでIAMAS出身の方にお会いします。よく共通の先生の話題で盛り上がったりします(hrrとか)

良くも悪くも、東京の(日本の)アート界隈、メディアアート界隈は、めちゃくちゃに内輪です。東京じゃなくても一緒かもしれんけど。例えば展示。正面からいくとメチャクチャな値段を取られたりするけど、界隈に知り合いがいればやること次第でギャラリーを使わせてもらえたりできます。ライブハウスやクラブと一緒ですね。土地のない国だからね。

どんなに価値があることでも、誰にも見えないところでやっても意味がありません。(死後に見つかることに意味がある、とかなら別ですが)そういう意味で、人伝いでいろんなひとと知り合えるのはとってもありがたいことです。次に繋げるためには実際のスキルと人としての信用が大事なんですけどね。インターネットでわめきすぎなので気をつけます。



この半年で相談に乗ったこと

ありがたいことに、TwitterでDM頂いたり、facebookでメッセ頂いたりすることがあります。何かあればいつでもご連絡ください。勝手に話します。

「岐阜にいたら東京から離れすぎませんか?」

東京から離れても別に死にません。バスでそんな高くなく来れます。毎月来てました。でも以前の記事にも書きましたが、わざわざ岐阜に行かなくても、東京で友だちとやりたいことがあるなら、もう始めてしまった方がいいと思います。ぼくは岐阜にいかないと何もなかったので、岐阜に行って正解だったと思ってます。

「代理店でメディアアートやりたいのでIAMAS行きたいです!」

代理店出身の身からすると、代理店に入るような人は、代理店に行かなくても生きていけるような人が多いです。同期でも、会社はいる前からすでに写真家だったとか、建築家だったとか、ブログがめっちゃバズっていたとか、地下アイドルだったとか。ぼくはまぐれ。なので学生のうちに実績をつくることに全力を尽くしたほうがいいです。

実績をつくるためにIAMASにくるならいいと思いますが、代理店に入るためにIAMASにくるとしんどくなっちゃうと思います。一回見に行ってみて、本能的に楽しそうだと思えたらオススメします。東京でもお手伝いできることはあると思うので、何かお手伝いできることがあればいつでもご連絡ください。



東京で思うこと

最近思ったことを書きます。

田舎でできることを考えることは、日本の未来を先回りして考えること

先日フィリピンのマニラに行きました。
sanokazuya0306.hatenablog.com

フィリピンに行って、日本を相対的に見ることになったんですが、その時に、ぼくがオホーツクでやってきたことは、日本の、従来先進国と言われた国々の未来を、先取りしてやっていることなのではないか、と思いました。

例えば、日本は世界から完全に置いてけぼりにされようとしている。その中で東京に暮らすぼくらは、その豊かさゆえに、置いてけぼりにされていることには全く気づかない。そうしている間に日本以外の世界はどんどん接続して巨大化し、日本は「たった1億人しかいない」後進国になってゆく。

「接続性」の地政学 上: グローバリズムの先にある世界

「接続性」の地政学 上: グローバリズムの先にある世界

「接続性」の地政学 下: グローバリズムの先にある世界

「接続性」の地政学 下: グローバリズムの先にある世界

グローバルな社会の仕組みを学びたい人にめっちゃおすすめです

そんな中で、もうすでに手のつけようがないほど置いてけぼりになっている、北海道のオホーツク海側地域という後進地域に固執して活動する意味は、「どうやってもグローバルなランク付けに太刀打ちできない中で、自分たちが自分たちに誇りを持つために、何ができるか」ということを真剣に考える機会である、ということにあるように思います。

これはおそらく、岐阜県で活動する、ということについても、置き換えが可能なことなのではないかと思っています。たとえたった2年間、その後本気でコミットするかはわからないとしても、その2年間で感じた「無力感」、そして「その中でもなんとか自分の意志を形にすること」は、今後数十年に渡って、ぼくらがいつまでも向き合わなくてはならないことの先取りなのかもしれません。

ポピュリズムに負けないために

上とほとんど一緒なんですけど、ぼくらは常に世界70億人の人気取り大会に強制参加させられています。

本気で1位を狙いにいき、1位以外の70億人は全員敗者の世界で戦うのもいいでしょう。一切の接続を断ち、違う世界で生きることもできるでしょう。生きるために、自分がやりたくないことをやらなきゃいけないときもあるでしょう。

そんな中でぼくらがすべきことはなんだろう、と考えたとき、「『死者たちと未来の子どもたち』に見せたいと思えるものであるか?」ぼくなりに解釈して言い換えると、「数百年、数千年の過去からも未来からも、特筆されるべきことができるか」根底にあるのは、やっぱりこういうことなんじゃないかなと思いました。
www.iamas.ac.jp

そういう時に大事になるのは、「みんなが好きなこと」ではなく「巨人の肩に乗る」的マインドであり、そこをうまく「みんなが好きなこと」とのバランスをとりながら生きていけるか、そんなことを考えながら、今日も生き延びています。



以上終わり

書くの遅くなってすみませんでした。いつか一緒にお仕事などできることを楽しみにしております。それまで頑張って生き延びます。