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どさんこ田舎者、東京でいろいろつくる

北海道遠軽町出身、さのかずや26歳。大学院を経て、再び東京で会社員。無茶と繊細さと賢さとバランス感覚。

IAMASなんか来なきゃよかった

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ぼくは2015年から2017年までの2年間、岐阜県情報科学芸術大学院大学IAMAS/イアマス)という学校に在籍していました。
www.iamas.ac.jp

なんとなく一部界隈で話題になったりならなかったりしている学校ですが、詳しい情報がない謎だらけの学校で、入ってくる人出ていく人もあんまり学校について言及しないような方々が多いので、書いておこうかなと思います。


ちなみに

これはたまにネットで見るような、けなしているようでちゃんと褒めるタイプの記事です。読んでもらえばわかると思いますが、全然恨んでないしめちゃくちゃ感謝してます。タイトルでおっと思って開いたアンチIAMASの方や、この野郎と思って開いたIAMAS応援団の方は「釣られクマー」とでもコメントしておいてください。そして内容よく見ずにシェアしている人がいたらニヤニヤして見守りましょう。


よく言われるIAMAS

メディアアートの学校」

設立当初はそうだったらしいがいまはそんなことはない。先日のラフォーレ展のトップページにある三輪さんのお言葉が一番よく説明されていると思う。
www.iamas.ac.jp

ぼくは修了研究に関してはメディアアートと関係ないことをしたけれど、360度カメラ(古い言い方ではニューメディアといえばいいのか)を使ったイベントをやってノミネートして頂いたりした。(これをやるにあたってほんとうに沢山の人にお世話になったし、これを通じて出会えた方々にも本当に感謝しています)
campusgenius.jp

メディアアートはどんどんメタに向かっていくと感じているし、信じている。から、ぼくは自分のやっていることはメディアアートだと思っている。具象的メディアアートやってる人はカッコイイけど、なんか古くない?と思う部分もある。思っているが、いろんな人にいろんなこと言われそうなので、思うだけにしておく。ぼくは何も書いてませんよ〜
IAMASの説明はとっても難しいし、よくわかんない人にメディアアートとか言ってもだいたいカルト宗教みたいな感じに思われるので、「情報系の大学なんですが社会に活かすことをいろいろやったりしてます」みたいな説明が一番怪しくないという結論に至りました。


僻地にあるから制作に集中できる

東京に比べたらそれはそう。単に飲み会とか時間を消費する系のイベントに行かな(行けな)くなるし、暇が増える、ということはやりたいことがある人にとってはとっても良いことである。その反面、都会で最前線で活動している人々と会う機会が減ると、人から受ける情報や刺激が減ったり、自分が相対的にどういう意味のあることをしているのかわからなくなったりなど、モチベーションを保つのが難しいというのもある。
自分がやりたいことがもうはっきりしている人、東京にたくさんの仲間がいて活動には仲間が不可欠な人、などはわざわざ岐阜に来る必要もあまりないかもしれない。でも来るだけのメリットはある人にはあるので(高スペックPC/機材が無料で使えるなど)よく検討してIAMASWebから連絡とったりIAMAS関係者にTwitterなどで絡んでみるとよいと思う。


IAMASで良かったこと

社会を生き抜く力がついた

実際にはまだ社会に出ていないので生き抜けるのか不明だが、謎の自信はついたと思う。
それはたぶん怖くて優しくてだいたい怖い先生方に、制作や研究について厳しくご指導頂いた(丁寧語)お陰で、誰に何言われても自分のやってることはだいたいひるまずに説明できるようになったからだと思う。
もう1つ大きいことは、ちゃんと分かってくれる人が一定数いれば、分かってもらえない人に無理して分かってもらう必要もないということを知れたことだった。これは結構語弊もあるし、post-truthな時代において乗っかっていくべき考えではないのかもしれないけれど、もちろん歩み寄る努力、お互いにちゃんと理解し合う努力をした上で、価値観の相違は認め合うべきであるということだ。はいはい真実真実。価値観で殴ってくる人に負けずに生きよう。

バックグラウンドの違う人とちゃんと意見を交わす大事さ、それが認められることの尊さを知った

実際のところぼくはそういう大事さはもともと知っていたし、そういうことを意識して生きてきたつもりだったけど、大人の社会というものはあまりに均質化を押し付けてくるものだ。2年間の社会人時代でだいぶ人格を矯正して頂いた(丁寧語)。
でも、世の中には違いをちゃんと認めてくれて、ちゃんと議論してくれる人が、意外と、いるところにはいるんだということがわかった。そういう人たちがたくさんいるのが岐阜県大垣市にある小さな小さな学校、IAMASだった。
一度否定された自分の価値観が、IAMASで再度命を吹き込まれた感じがした。そういう価値観があっていいんだ、と思えた。ぼくの修士研究は完全にこういうオープンな環境の形成に関するものだったが、これから社会に出る中で、こういう環境をいかに大人の社会でつくっていけるだろうか。
medium.com



IAMASで嫌だったこと

いくつか正直に書いておこうと思う。

人数が少ないからコミュニティがややこしくなりがち

誰と誰が仲良いとか仲悪いとか。そういうことでめんどくさい話が生まれがち。ぼくも自分の知るところ知らないところで色々とややこしいことを起こしたけど、距離の近さ故にやむを得ないことも多々あったと思う。逆に関係が近いからこそできることも多い。こういうのはIAMASに限った話ではないが、特にIAMASの人は外から大垣にきた人ばかりなので、IAMAS以外のコミュニティに継続的に所属していることがほとんどない。だからIAMASのコミュニティが生活のすべてになってしまいがち。
結束の強い内輪が好きな人もいれば、仲間はずれがいないことに心地よさを感じる人もいる。ぼくはどちらかといえば後者だったので、できるだけ外を向いて活動するように心がけていたが、どっちが良い悪いとかではなく、個人の自衛、それぞれの心地よい距離を自分で取ることが大事なんだと思う。

先生との相性

IAMASは2年生で研究の主査・副査(2人)の3人の先生を決め(あるいは決められ)、研究に対するアドバイスを頂きながら進めていく。修了に関する最終的な判定を下すのは主査。だから主査や副査の先生方との相性が重要になるし、制作・研究とは別に先生方とのコミュニケーション(能力)も重要になってくる。そこが難しい。
まあお察しの通りコミュニケーションは制作や研究の本質ではないのだけど、でもやっぱり自分がちゃんと伝えたい1人にちゃんと伝えられなければ、世の中でやっていくのは難しい、という先生方の判断なのかもしれないし、大学院修士課程(博士前期課程)という高度な教育の場ということを踏まえたものなのかもしれないし、イチ学生からはなんとも言い難い。作品如何に関わらずコミュ力はあるに越したことはないし。絶対に。


個人的な感想

卒業したてなので当たり前ではあるが、IAMASに来なかったらいまの自分はあり得なかった。2年間、自分がやりたかった「自分の手で作る」ということをやり続けたことによって、やっと自分の居場所を見つけられたし、これからの道の入り口もすこしひらくことができた。
ぼくがIAMASに入ろうと思ったときに漠然と抱いていた「何者かになりたい、でも今の自分にはなにもない」という気持ちには、2年間の岐阜生活を経て、ある程度答えを出せたような気がしている。
当時のぼくと同様、何者かになりたい、でも今の自分にはなにもない、という思いを抱いている人にはオススメしたい。きっとIAMASの19人の先生たちから、厳しく優しくだいたい厳しく、様々なご指導をして頂けると思う。

ただ、IAMASに来れば先生方から答えがもらえる、というわけではないので、その辺もがき苦しむ必要はある。ぼくもだいぶもがき苦しんだが、卒業後のいまの自分にたどり着くには必要なもがきだった、と今は思える。
正直、もがききれずに学校を辞めていく人、もがいてもがいて時間がかかってしまう人も多々いる。ぼくらの学年は入学時21人いたはずだったが、卒業したのは上から降りてきた人も合わせて14人だった。ぼくが卒業できたのはたまたまだったし、優秀だとかそうじゃないとかっていうことでもないけど、IAMASに求めていたもの、差し出せるものと、IAMASで得られるもの、差し出さなくてはならないものが違ったという人もいたのかもしれない。うまくハマるに越したことはないが、そこが一致するのはIAMASに限らずどんな個人、組織においても難しいことなんだろうし、どんな個人/組織が良い/悪いということでもないんだと思う。


IAMAS受験を考えている人に言いたいこと

ぼくは大学卒業して2年でIAMASに来たので、新卒〜20代くらいの人へ。
15年後に自分の道を開きたいなら、来て損はしないと思う。
社会で大きく花開いているIAMAS卒業生も、2000年前半〜後半卒業の人が多い。逆にいま流行ってることとか、2000年代のIAMAS卒業生がいまやってることに参加したいなら、IAMASに来てもあんまり楽しくないと思うし、しんどいと思う。
この歳で決めるのも難しいし、決まっていることのほうが少ないと思うが、自分の道が何なのか決まっていない人は苦労すると思う(ぼくもそうだった)。年齢的にこれより上の人は、IAMASにある程度やりたいことを決めて来たほうがいいのかもしれないとも思う。
でも本当になんでもできるので、ある程度決めてるけどいろいろ取り組みたい、という感じがやっぱりいいのかもしれない。
15年後ぼくの道がひらけてるのかわかりませんけどね。5年で開いてやるから見てろよ。


「人生のサービスエリア」?

誰が言い出したのか全く不明だが、IAMASに伝わる言葉にIAMASは人生のサービスエリア」という言葉がある。
かつて、それこそ1996年に開学し、2000年代などアカデミー(専門学校)と現在の大学院大学が両方あった時代は、アカデミーの人は論文も書かなくてよくて、100人近い学生がみんな2年間好きなことに徹底的に取り組んで、暇な時間にはクレイジーな集いだからこそできるクレイジーなことばかりしていたという。
でもいまはもうそんな牧歌的な時代じゃない。2012年にアカデミーがなくなって単純に人数は半減しているし、人数減ってるのにプロジェクトはめっちゃあるし、論文は書かなきゃいけないし、個々人のやりたいこともたくさんあるし、やらなきゃいけないこともたくさんあるし。死ぬほど忙しくしていたら2年間が終わっていた。これを充実したものにするには相当な覚悟がいる。まあその忙しさも人によるし、自分がやることを決めてしまえば多分そんなに忙しくもない。
ただやっぱり、忙しかろうがゆっくりだろうが、学生という肩書のもと、いい年して自分の好きなことを徹底的にやれる、ということは変わっていないんだろうと思う。そういう2年間を過ごすのと過ごさないのとでは、その先の人生に後々大きな違いが出るのかもしれないとは思う。どっちかというと「人生のトレーニングジム」という感じなのかもしれない。感じ方は人によると思うけど。
だいぶマッチョになった。体幹は相当鍛えられたと思う。筋トレしてから山に登ったら、高くまで行けるだろうか。



ということでだらだら書きましたが、3月31日が終わってしまうのでこの辺にしときます。
IAMASに関わるすべてのみなさま、本当にお世話になりました。ありがとうございました。引き続きよろしくお願いします。